
人生いろいろ、家族もいろいろ、幸福の形もいろいろ。近年、「結婚がゴールではない」という声も大きくなりつつあるとはいえ、ゴールインした二人には幸せになってほしいと思うのが人情というものだろう。
そして、そのゴールに到達するまでには、十人十色のドラマがあるのは言うまでもない。目下、幸せに包まれているカップルにエールを送りつつ、出会いから現在までを根掘り葉掘り聞いてみる「令和の結婚事情レポート」。
今回登場していただくのは、昨年11月22日に入籍した囲碁界のビッグカップル、横塚力七段と藤沢里菜女流本因坊。
出会いは小学生
出会いから20年弱、交際開始から7年の月日を経ての結婚。出会いのときも入籍の“直後”も、二人の間には碁盤があった。
ご両人が記憶する巡り合いの場は2006年。里菜さんが小2、力さんが小6のときの囲碁大会だ。里菜さんが通う囲碁道場に力さんが春季特訓で訪れたこともあったため、互いの顔を見知ってはいたが、対局はこの大会が初めてだった。
小学生にとって4歳の年齢差は大きく、力さんが勝利し、その勢いで優勝した。彼が打ち上げの席で「1回戦は普通に勝って……」と話すのを聞いた里菜さんは「イラッとしましたね」と憤慨したのを覚えている。
その後も大会に行けば顔を合わせた。しかし、母親同士が喋りはすれど、力さんにとっては里菜さんの3歳上の兄のほうが年は近く、彼女のことは「あいつの妹か」程度の認識だった。
史上最年少でプロ棋士に
それでも里菜さんは史上最年少(当時)の11歳6カ月でプロ棋士となり、逆に遅咲きの力さんは20歳でプロに。プロの世界では里菜さんが5年先輩だ。力さんはプロを目指していた時期、プロに交じって研究会にいくつも所属。うち3研究会には彼女もいて、そこでも幾度となく対局した。
「小学生時より差は詰まっていたものの、最初の2年ぐらいは僕のほうが勝っていたのに、やはり(里菜さんが)プロにもまれて、その後は急に強くなった」と力さん。互いの連絡先は知らなかったが、研究会のグループラインで知ることに。若手棋士らと集団で遊びに行ったり、その帰り道で二人きりになったり。力さんがプロ棋士になってからもそんな関係は続き、時には帰路にゲームセンターで取った景品を里菜さんにプレゼントしたことも。
意外な定番デートスポット
知らず知らずのうちに距離は縮まっていった。
17年10月、朝と午後に仕事が入っていた力さん。合間のランチに里菜さんを誘い、「付き合っていただけませんか」。普通のランチと思っていた里菜さんはびっくりするも「はい」。
互いに囲碁の研究で多忙な中、定番のデートスポットは富士急ハイランド。囲碁では沈思黙考するのが常の二人がジェットコースターで絶叫。「帰りには喉が痛いほどだけど、それも含めて楽しくて」と力さん。
「結婚願望はなかった」
交際開始から6年が過ぎる頃、力さんの周りでは結婚する人が多くなった。里菜さんは「結婚願望はなかったけれど、付き合ってきた期間は長いなあ」と思い、交際を知る棋士仲間たちに「いつ結婚するの?」と聞かれることも増えていた。
昨年1月、力さんは「自分の誕生日は“いい夫婦の日”(11月22日)だし、せっかくだから(入籍は)その日にしようか」と提案。実は里菜さんの母がその3年ほど前から、毎年11月22日が近づくと「プロポーズがあるんじゃないかしら」とソワソワしていたという。
入籍から9日後に夫婦対決
その話を里菜さんから聞いていたせいもあり、この日を選んだ。指輪も花束もないプロポーズだったが、天のいたずらか、入籍から9日後、広島アルミ杯・若鯉戦のトーナメント準決勝で、二人は対戦。交際後は未対戦だったが、入籍発表前の夫婦対決は力さんが勝利し、さらに勝ち進み優勝した。
里菜さんは「相手が家族なので、家族に勝ってほしいという雑念も出ちゃったかな」と思い返す。
12月にはマカオへ新婚旅行。パリジャン・マカオで観光を楽しみ、点心に舌鼓を打った。棋士としてだけでなく、囲碁番組の解説役としても全国を回ることの多い力さんは「各地のお世話になっている方に二人であいさつして回りたい」と話す。
ともに運転免許を持っておらず、移動の足は主に公共交通機関。夫婦棋士の行脚が各地で見られそうだ。
「週刊新潮」2025年2月27日号 掲載